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数珠・念珠に関するお話し

数珠・念珠に関するお話

古くから、世界中の至るところで、お守りを身に付ける慣習があります。

貴重なもの・美しいものを身に付け持ち歩くことが厄除けになり、幸福な人生、喜びを感じて生きたいという万民共通の希望を見ることができます。

仏教における数珠・念珠は、単なるお守りではなく、仏の前に心を清め、礼拝をする際の仏具です。

念珠を手に通し、合掌する時、日ごろ当たり前に享受しているあらゆる恵み感謝し、生かされている人生であることを知り、利他に生きることの大切さを認識する時間となります。

ところが昨今は、念珠を手にかけるのは、葬式や法事の時だけという方も多くいらっしゃるようです。
日常の生活の中で、合掌する時間をわずかでも持つことで、意義深い毎日とすることができると知っていただければ幸いです。

物質や利便性ばかりが価値視され、心が貧しいと言われる昨今だからこそ、仏教やその他の信仰の教えが必要と感じております。

数珠・念珠を持つことは、言わば、形(型)から入ることに過ぎませんが、信仰の表である、型に触れることで、少しずつでもその本質に近づいていって貰いたいものです。

最も身近な仏具である数珠・念珠について、興味を持ち知ることで、豊かな心を育む出発点となってくだされば、幸いです。


数珠について

◎ 数珠はどう書くのか

お数珠は、「数珠」「数々」「念珠」など、色々な言葉で書かれています。
一般的には「数珠」という書き方が最も知られていますが、正式には「珠数」と書きます。
また、発音は、じゅず・じゅじゅ・ずずで、これは佛教発祥のインドの言語を音写したものです。

◎ 数珠の持ち方は・・

基本は、左手に和を通し、合掌した形で持ちます。両手を輪の中に入れることもあります。
古来、インドでは左手は不浄な手とされ、右手のみで食事などをする習慣があります。数珠を左手に通すのは、左手を清めるという意味があります。

◎ 数珠はなぜ輪になっているのか

輪の形は、悟りの空間、或いは、仏の世界を顕し、この輪を通して、肉体(動物)としての人間が、魂を持つ人間として仏菩薩が初めて出会うことができると教えられています。
つまり、数珠に手を通すという行為は、個人が先祖や仏に出会うことができる土台を作る行為であると言えます。
仏教が、合掌から全てを始めるという事には、このような意味があるのです。

◎ 数珠を持つときの心の姿勢

数珠に手を通し、合掌をするとき、長い歴史の中、先祖から脈絡と流れて来た自らの命に感謝と畏敬の念を感じてくださればと思います。
宇宙・大自然の中にある唯一の我という存在と、それを導こうとされている仏の慈愛があることは感謝以外にありません。

◎ 数珠の形について

インドで発祥した仏教は、中国や朝鮮半島から、日本にも伝わり、我が国において、独特な発展と変遷を経てきました。
その中で、新たな宗派が生まれ、それぞれの宗派の中で、独特の数珠の形が生まれました。宗派の開祖が拓いた悟りや、教えが、数珠の形として現れています。

◎ 珠(たま)の数

基本的な珠の数は、108個です。
この半分の54個、1/3の36個、1/4の27個、1/6の18個、1/12の9個と、更に22珠・・これらが最も一般的な数珠の珠の数です。

中国では108個を基本としていますが、逆に日本では倍数を用いた珠数もあります。
倍の216個のほかに、3倍や5倍といった珠数の数珠もあります。

108という数は、人間の持つ煩悩の数を表すことは良く知られており、これを消し去るための行事が年の瀬に行われる除夜の鐘です。


数珠について知り、少しずつでも御仏に手を合わせる生活を実践することで、皆さまと皆さまのご家庭が加護され、恵み多い幸福の人生となりますように(合掌)。