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天台宗について

宗派による違い(天台宗)

天台宗について

由来

中国の天台大師智顗(てんだいだいしちぎ)を開祖とする宗派。
わが国では、最澄が平安初期に比叡山延暦寺に拠点を置きこれを広めた。
後に、この延暦寺から法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)、栄西(臨済宗)、道元(曹洞宗) 日蓮(日蓮宗)など、鎌倉仏教の祖師たちを輩出した

教えの特徴

最澄は、円(天台教学)・密(密教)・禅・戒の四宗は全て『法華経』の「人はみな平等に成仏できる」という教え(一条思想)に統合出来ると説いた。
これが、天台宗の基本理念であり、統合性を特徴とする。
最澄没後、天台宗は密教色を強め、いわゆる東密(東大寺を拠点とする真言密教)に対して台密(天台宗の密教)を発展させた。

本尊

天台宗宗憲(天台宗の宗教的な憲法)では、釈迦牟尼仏【しゃかむにぶつ】が本尊とされる。 しかし、『法華経』では、全ての如来・菩薩・明王・諸天は、人々を教化(教えを説く)する為に、時と場所に応じて釈迦牟尼仏が姿を変えたものと説かれている為、それぞれの寺院の縁起によって釈迦牟尼仏の他にも様々な、仏様・菩薩が祀られている。

経典

『妙法蓮華経』(法華経)が根本聖典ですが、四宗融合の立場から『阿弥陀経』『大日経』 『梵網菩薩戒経』の大乗経典も用いられます。

宗派の流れ

最澄没後、天台宗には第三代天台座主・円仁(えんにん)第五代天台座主・円珍(えんちん)という二人の名僧が現れますが、その没後、互いの弟子たちの間に確執が生じ、円珍の弟子は園城寺(おんじょうじ)三井寺(みいでら)に移って寺門派と称し、延暦寺の山門派と対立するようになりました。
その後、両派とも分派が進み、天台宗系の多くの教団が出来ました。

主な寺院

天台宗総本山は『比叡山延暦寺』(滋賀県)で、門跡寺院として『輪王寺』(東京都及び、栃木県)・『妙法寺』(京都府)・『三千院』(京都府)等があり、『中尊寺』(岩手県)は「東北大本山」とされています。
また、『寛永寺』(東京都)・『善光寺』(長野県)・『喜多院無量寿寺』(埼玉県)・『立石寺』 (山形県)・『円教寺』(兵庫県)・『観世音寺』(福岡県)が別格寺と呼ばれています。

主な行事 ※各宗共通の行事は除く

開宗記念法要 一月二十六日 天台宗開宗の日
山王祭 四月十四日 山 王七社の祭礼
山家会 六月四日 伝教大師の忌日
宗祖降誕会 八月十八日 伝教大師の誕生日
霜月会 十一月二十四日 天台大師の忌日

祖師・最澄 (七六七、一説には七六六~八二二)

近江の国(現在の滋賀県)に生まれる。
奈良で南都仏教各派を学んだ後、比叡山で修業を積む。
桓武天皇(かんむてんのう)の帰依を受けて遣唐使の還学生(短期留学生)として唐に入る。帰朝後に日本独自の天台宗を起こした。
没後七日にして、念願であった大乗仏教独自の戒(大乗菩薩戒)による授戒制度の為の戒檀院を比叡山に設立する許可が下り、866年に伝教大師という名前を賜った。 これが、日本初の大師号となった。

千日回峰行

円仁の高弟である相応が成仏を成功させる為に、比叡山の山中を歩く捨て身の修業をした事が始まり。
比叡山の山中約40キロを千日にわたって巡る苦行で、千日を満行すると地球一周を歩いた計算になる。
一度、『行』に入ると如何なる理由でも途中で辞めることは許されず、もし『行』半ばで 挫折すれば自ら生命を絶つ掟の基に白装束にワラジ履き、自死用の死出紐や短剣を腰に、 三途の川を渡る船賃の六文銭を携えて歩く。
この過酷な『行』を成満した人はこれまでに40数名しかいない。



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